ウィスキングマスターの根畑陽一さん(ネバーニャさん)が、ロシアの都市や田舎のバーニャを紹介してくれたVol.2に続いて、いよいよこちらが最終編。「プライベートバーニャ」とは? バーニャがもたらす本質的な恵みとは? そしてオマケに、ロシアで味わえるサ飯についても教えてくれました。
根畑陽一(ネバーニャ)
三井物産に勤務していた頃、4年間のロシアに駐在。本場ロシアでウィスキングとロシア語を習得し、帰国後に独立。現在は、日本でバーニャ文化とウィスキングを広めるべく幅広く活動する。「バーニャジャパン」を法人設立し、ロシア製のテントサウナ「テルマ」の輸入販売も行う。
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プライベートバーニャで出会った「その先」
―ネバさんが今回訪れた「プライベートバーニャ」の話を聞かせてください。
今回僕は、いつもオンラインでウィスキングを習っているマスター、スタニスラフ・パーニンに会いにいきました。彼は、オーソドックス、クラシックを学んだ後にいろんな要素を取り入れているんです。彼のモスクワのプライベートバーニャに行きました。ユーカリのヴィヒタが壁に掛けられ、もみの木のヴィヒタが絨毯みたいに敷かれていて、香りがすごく良いんです。日本ではアロマオイルはロウリュに使いますが、ここでは水が入ったスプレーにアロマオイルを混ぜてシュッシュッと壁にかけ、湿度を高めると同時に香りを立たせているんです。
ウィスキングをした後はロシア特有の毛皮を着て、ブランコみたいなところに寝っ転がって目隠しされて、メディケーションのプログラムを聴くんです。干し草が敷かれた室内もあって、ここでも目隠しをしてヘッドホンをつけます。ヘッドホンからは「呼吸して、瞑想してください…」「あったかい空気がお腹の中に入ってきます…」というロシア語の女性の声で、瞑想プログラムが聞こえるんですよ。15分くらいだったかな。
これが相当やばかったですね。「体の緊張しているところを解してください」というエクササイズから、最終的には自分を愛するというスピリチュアルな方向に向かうプログラムなんです。「子どもの頃の良い記憶を思い出してください」「自分の呼吸は自分の命の証。生きている自分に感謝してください」という感じで終わっていくんですが、だんだん涙が出るくらい感動してきて。終わったあとはすごいエネルギーに満ち溢れて、「生きてる! 自分の命を大事にしよう!」というような気持ちになりました。
なんというか、メディテーションの先に行った感じです。脳みそがスカッとして気持ちいいだけじゃなく、自分自身をきちんと見つめる機会になるんですよね。体と心が繋がるって、こういうことなんだなと。
ほかにも色々な国の施術を取り入れていて、背中にタオルを乗せて、スピリットなどのアルコールをかけたところに火をつけるという中国発祥の施術もやっていました。これ、めちゃくちゃ体があったまるんですが、不思議なことに燃えている間は、ジリジリって音はしてもあまり熱くなくて。タオルで閉じた瞬間に、じわーっと熱くなる感じでした。見た目はエキストリームですが、体を温めるという意味ではウィスキングの感覚に似ています。
そしてここでもバーニャ後は、あったかいお茶で体をあっためます。それと一緒に、蜂蜜やドライフルーツ、漬物、ナッツを食べます。これには、「味覚も瞑想のひとつ。感覚に集中する場所である」という考えがあるんですね。たとえばウィスキングされる時も感覚に集中するから瞑想状態になるし、感覚って瞑想と近いんです。だから、「これはこういう味なんだ」と、本来の味覚を取り戻す時間になるというわけ。お茶もちょっと味の強いものを飲む傾向があります。そしてお茶の時間は、相手の目を見て会話することが大切なようです。
マスターのスキルと哲学にふれて
―プライベートバーニャの醍醐味を知るには、マスターの存在は欠かせないんですね。
そうですね。僕はマスターである彼に「アーユルヴェーダを勉強しなさい」と言われました。アーユルヴェーダを身につけていれば、相手がどういう感じの人かわかると。気が強い人だったら、ちょっと落ち着かせた方がいいとか、人に応じてバランスを整えてあげるとか。人の状態に合わせて、ウィスキングの加減をみてるんですね。そういった個々の向き合いができるのが、プライベートバーニャなんです。
そして彼はプライベートバーニャに呼ばれたり、自身のバーニャでもやっているんですが、「公衆バーニャには行かない、働かない」ということも言っていました。公衆バーニャは熱々で回転数を重視してる場所だからと。ちなみに彼がプライベートバーニャを訪問する場合、3時間で2万2000円と料金的には高いんですが、本当に好きな人たちは彼の元に行きたくて行くんです。
もうひとり、ヴァシリー・リャーホフさんという、現代ロシアのバーニャ界の父というレジェンドがいるんですが、35年近くウィスキングをやっていて、プロのバーニャマスターが生まれたのは彼が始まりで、だいたいプロの人は彼に習っていますね。今58歳なんですけど毎日懸垂を20回くらいしているくらい体が強くて、ロシアの格闘技サンボも体得しています。彼のバーニャは、モスクワから南に2時間くらいの田舎にあります。
ここのバーニャはすごくマイルド。初めは40〜50°くらいで、台に寝転がって足を上げてロウリュするんですが、そのうち足がどんどんあったまっていくんです。頭寒足熱ですね。そこで、ロウリュした蒸気を足に当てて、誰が最初に足下ろすかを見ています。足を下ろしたのが早い人は熱への耐性がより低いってことなので、先にウィスキングして、早めに出してあげるんだとか。人にあったウィスキングをやっていて、エクストリームとは対極にある、優しいバーニャです。
ちなみに、このストーブは日本のどこにもみたことがない特別なものでした。下部の窯に薪を入れるんですが、上部の窯にはサウナストーン、2つの窯のに銑鉄という熱を保持する金属があって、火入れして最初にストーンと鉄を温めるんです。十分に温まったら燃えている薪火を左の別の窯に移すんですが、銑鉄とサウナストーンが温かいので、熱が2日間続くんです。この状態でロウリュしてもまだ蒸気は出てきて、ずっとまろやかな温かさが続きます。
―ヴァシリーさんからも何か学びましたか?
彼は体の構造をよく知っているので、マッサージを教えてくれました。バーニャで温まった体にオーガニックの蜂蜜を塗って施すマッサージもしていましたね。ロシアのバーニャのプロの中では、マッサージ師がウィスキングを学ぶとか、ウィスキングマスターがマッサージを学ぶっていうノウハウの交換がよく行われているんですよ。だからマスターもマッサージを知っているわけですよね。バーニャでウィスキングをすると全身が温まっているので、マッサージをし始めた最初から最後までマッサージ効果がすごく高いんです。
そして、彼にもウィスキングしてもらいました。ヴァシリーさんはウィスキングする時、「君は、子どもの時になんて呼ばれてた?」ってお客さんに聞くんですよ。そうすることで、子どもの頃の感覚を思い出してもらい、赤ちゃんのような無防備な状態でリラックスしてもらうという体験を提供しているんですね。
ウィスキングは何のためにある?
―バーニャはフィジカルだけでなく、メンタルに深くアプローチするんですね。ということは、ウィスキングにも何か深い意味はあるのでしょうか?
ヴァシリーさんの話の中で、「ウィスキングとは創造主と繋がること」という言葉が印象に残っています。ウィスキングは、ウィスキングする人とされる人の1対1だけじゃなくて、神様みたいな存在がもうひとりいるんだと。神様が自分を通じて、人に施しを与えている状態というのがウィスキングだという哲学なんです。自分がそうしたい、お客さんがそうされたい、じゃなくて、神様がそうしたいと思ったことを自分を通じて人に施すという考え。要は人々を超えた自然や神様とか、そういったものを人に与える行為なんだと教えてくれました。
そして目の前の人を、神、地球、天が産んだ尊い命を持った赤ん坊だと思って扱いなさい、と言うんです。そうすると当然激しくはしないわけですよね。ウィスキングもただ単に力任せに叩くんじゃなくて、ヴィヒタの動きに任せながら少しずつ刺激を与えていくというマインドでやる。このようなマインドでウィスキングに取り組んでいると、目の前にいる人を単なる好き嫌いではなく、「この人はこういうふうに生まれて育ってきたんだな」心と体はつながっているので「この人、なんか強がってるな。強がってるってことは、弱いところを守るために強がっているのかな」と人に対して深い見方ができるようになります。
これまでは「この人、面倒くさい人だな」と思って終わっていたかもしれない関係性も、見方が変わるというか、より母性を持って人を見れるようになれるかもしれないんです。
―ネバさんがこれから日本で広めていきたいことは?
僕は今、ロシア製の「テルマ」というテントサウナを輸入販売していますが、まずはそれをひとつの入口として、たくさんの人にバーニャに近い体験をしてもらいたいです。テントサウナを勧めるのは、お手軽にプライベートな空間でできるから。温度や湿度、空気の入れ方を目の前の人に合った状態にコントロールしながら、目の前の人に合わせたウィスキングができるからなんです。
そして近い将来、日本のどこかで、本格的なバーニャを作らなければならないと思ってます。国境を超えた「バーニャ」という癒しを日本に広めたい。文化としても考え方としてもそこに向けて成熟できるよう、僕の役目は本物のバーニャを日本にもっと知ってもらうこと。今回のロシアでバーニャの本質に出会った旅で、そんなことを改めて感じています。
【オマケ】ネバさんに聞く「ロシアのサ飯」
―サ旅で抑えておきたいのは、ロシアでおすすめの食は?
たくさんあるんですが、1番有名なのはボルシチ。ビーツをベースに使っているので、本場のボルシチは赤いんです。スメタナというサワークリームを入れて混ぜたり、パンにつけて食べたりします。
あとは水餃子のようなペリメニ。これもスメタナを混ぜて食べます。ロシアのソウルフードって感じですね。他にもウハーというサーモンや野菜が入ったスープ料理や、ブリヌイというサーモンとイクラを挟んで食べるクレープとか。ちなみにイクラって、実はロシア語なんですよ。ロシア語でイクラっていうのは魚卵という意味。「イクラ、イクラ」ってロシア人が言ってたのが北海道とかに入ってきて、日本人が「イクラ」って呼ぶようになったと言われてます。
それと、日本に中華料理とか韓国料理があるのと同じで、ロシアも隣国の料理が盛んです。ヒンカリというスパイスの効いた小籠包のようなものや、ハチャプリというチーズと卵が乗ったピザのようなパンも美味しい。
味覚も瞑想の一つ。ぜひバーニャで感覚を研ぎ澄ませたら、土地に息づく美味しい食文化に出会ってください!